ギークハウスに住んだ約二年間のことをひとり語りする

この記事はギークハウス Advent Calendar 2016 - Adventarの10日目の記事です。

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ギークハウスとの出会い

二年ちょっと前に、友達の結婚式があるというんで東京に来る機会があった。九州からわざわざ 35000円飛行機代払って、結婚式だけで帰るのもなんだかね、てことで東京で2日間くらい多めに過ごすことにした。

東京の真ん中っぽい新宿で適当に Airbnb で2500円くらいの安宿を探して泊まった。一人で。そこがギークハウス新宿2丁目だった。

泊まった感想はまあ普通の過ごしやすい安宿。猫がいて、みんな MacBook いじってた。

暇だったので、住民に本棚の本を読んでいいか聞いて、phaさんの「ニートの歩き方」を何の気なしに手にとって読んだ。ギークハウスをつくったとか書いてあって、ここやん!?ってなったのを覚えてる。

引っ越すことにした

それから3ヶ月くらいたって、田舎暮らしも飽きたしなんか面白い事ないかなーって思って、とりあえず東京に引っ越そうと決めた。部屋を借りる余裕はなかったので安く住めるとこを探して、ギークハウスでググったら新宿二丁目なら家賃5マンで住める事を知った。ギークハウス新宿二丁目を運営してる @tokisaba さんに Twitter で連絡して、ギークハウスの住民になった。

この時は半年とか一年バイトでもして、お金がたまり次第、部屋を借りてギークハウスを出ようと思ってた。

引っ越してから

仕事がなかったのでニートしながら、ギークハウス界隈の掃除の手伝いのバイトをさせてもらったりして過ごした。

たまに各ギークハウスで定期開催されてたゆるい飲み会とかに参加した。そこには色んな人がいた。ニート、いろんな会社のエンジニア、なんか頭良さそうな人、意味分からない系の人、うざいおっさん、とか。話も割りと面白いので、居心地がよかった。エンジニアの人と話してると、プログラミング面白そうやん。って思った。

就職した

Wantedly で適当に仕事を探して、ニート期間3ヶ月を経て、エンジニアとして就職した。iOSアプリ、webアプリを受託開発したり自社のwebアプリに新しい機能を追加したりする感じの仕事。

プログラミングは全くの未経験だった。インスタンスとかクラスとかDBとか、エンジニア用語を単語レベルで知らないレベルの素人だったので、全く役に立たずに最初から教えてもらった。結構シバかれた。

就職してから

一応あまり教えられずとも仕事できるようになってきた。ので、シバかれることはだんだん減ってきた。

休みとか仕事の後は、ギークハウス新宿二丁目の下にあったギークバーで飲んだり、代々木のギークハウスにプログラムを教えてもらいに行ったり、だらだらしたり、もくもくしたり、クラブにいったり、magic the gathering したり、プログラムの勉強会にいったり、ギークハウスのイベントに参加したりして過ごした。

東京に知り合いはほとんどいなかったけど、ギークハウスのコミュニティにいると何かしらイベントがあるので、退屈しなかった。

一人暮らしをするつもりだったけど、ギークハウスはそこそこ快適でたまに面白いし、一人暮らしのメリットがよくわからなくなったので、やめた。 

住民を卒業することにした

彼女ができて、一緒に住みたいので、約2年住んだギークハウスを今月末で出ることにした。

終わりに

ギークハウス、いいところ。卒業しても適当にイベント行ったりしようとおもうし、機会があれば戻ってくる。気になってるあなたは一度泊まってみるといいと思う。

 

 

 

明日は hogefuga123 さんです。

高専をだらだら堕落しながら6年かけて卒業した話

この記事はKosen Advent Calendar 2015 - Adventarの記事です。

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高専にいた頃を回想してテーマなく書いてみます。

僕は地方の高専建築学科)を

・6〜7年くらい前に卒業した

・一年休学した

いまは

プログラマRailsとかSwiftとか

 

なぜ高専に入ったの

あんまり覚えてない。基本的には、受験したら受かったので入った。

当時たまにテレビで大改造!!劇的ビフォーアフター SEASON II | 朝日放送とかみてたので、建築士カッコイイ!とは思ってた。

近くの高校よりは、親元離れて寮生活したかったというのが大きいかもしれない。

 

入学してから

寮生活が割と楽しかった。寮は騒がしいし、門限とかいろいろ制限があったりするけど、食堂とか浴場とかでも、なんだかんだ話は尽きず楽しい。あの先生はアホだとか、あの先輩は怖いとか、そういうくだらない話ばっかりしていた。

寮内はテレビゲーム持ち込み禁止だった。暇だったので、よく友達4,5人とカードゲーム(M:tG)をやっていた。これがなかなかにおもしろくて、決められた勉強時間や運動会もサボってずっとカードゲームをやっていたし、授業中にもガラケーでカードのことをよく調べていた。バイトしてカードにつぎ込んだりもした。

親元みたいに監視する人もおらず、高専の先生も一部を除いて生活指導にはあまり興味がない感じなので、学年が上がるほどに決まりを守らない奴になった。一年生の時には皆勤賞レベルの学生だったのに、最後の年はお昼から学校に行ったりしてた。

中学では割りと成績は上のほうだったけれど、高専ではだいたい下から1/4くらいだった。

 

就活が始まった

就活する学年になって、就活で周りがざわざわしてきた。俺はこの会社に行きたいんだ、とか、大企業がやっぱりいいよね〜的な話が飛び交っていた。

普通の大学生のそれと違って(?)、高専では基本的に学校からの推薦で一社一名ずつ就職していく。成績上位の人から、希望の企業のインターンシップとか面接を勝ち取れるシステムだ。建築学科だった僕が選べたのは、施工管理、設備屋、電力・ガス会社、設計事務所の弟子とか大学編入とかそんな感じ。

僕はやっと進級できるような成績だったので、大手の名のしれた企業は選べず、適当な地方の工務店にインターンシップに行ったり、何社かの採用担当の人の話を聞いたりした。

それでもあんまり心が盛り上がってこないので、就職したくないけれど、そういうわけにも行かなそうで困った。できるだけサボれる、面倒くさくないところ(できれば寝坊OK)に就職したいと思っていた。

担当の先生との就活相談で、職種はなんでもいいので、楽なとこがいいです。とか言ったら、長いこと叱られたのを覚えている。

 

一旦逃げた

できるだけ就職を先に引き延ばしたかったので、4年生が終わったタイミングで休学することにした。1年だけといったら、親もOKといった。

休学中はレストランと、バーと、居酒屋で働いた。たまに犬の世話をした。クラブ(踊る方)に良く行った。

爆音の中でお酒を飲んで朝まで首をふるのは、めちゃめちゃ楽しかったので、DJをはじめた。

復学間際にごろにカフェで働き始めた。

 

復学してから

あんまり気はすすまなかったけど、親との約束だったので1年経って復学した。

同じ学年の人は卒業したので、ひとつ下の後輩たちと一緒の教室になった。同年代の留年組4人くらいとも一緒になった。

休学中に始めたカフェのバイトが割りと難しくて、面白かった。クラブに行ったりするためにお金が欲しかったのもあって、バイトばかりしていた。

就活は、先生に勧められた電力会社と、地元の設備会社の面接を適当に受けたけど、2つとも落ちてしまった。就職はせずに、カフェのバイトをフルタイムで続けることにした。

 

卒業してから

カフェのバイトを4年位続けた。カフェは落ち着くし好きだし、ミルクのスチーミングとか、超面白かったけれど、毎日やってると飽きた。またエスプレッソマシン触りたいなあ。

それからコールセンターとかで働いた。地元は落ち着いて、そこそこ楽しいんだけど、あんまり代わり映えしない生活がだんだん退屈になってきて、東京に行きたくなったので、いま東京に住んでいる。

数ヶ月東京で貧乏ニートしながら、面白いことを探してたら、周りに楽しげなプログラマがたくさんいて、実際プログラミングも楽しそうだったので、プログラマになった。 <- 今ここ

 

おわりに

なんか高専にはいろうか迷ってる学生とか、高専から大学に編入しようか迷ってる学生がいたら、声をかけてみてください。

 

明後日は tmd45 さんです。