高専をだらだら堕落しながら6年かけて卒業した話

この記事はKosen Advent Calendar 2015 - Adventarの記事です。

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高専にいた頃を回想してテーマなく書いてみます。

僕は地方の高専建築学科)を

・6〜7年くらい前に卒業した

・一年休学した

いまは

プログラマRailsとかSwiftとか

 

なぜ高専に入ったの

あんまり覚えてない。基本的には、受験したら受かったので入った。

当時たまにテレビで大改造!!劇的ビフォーアフター SEASON II | 朝日放送とかみてたので、建築士カッコイイ!とは思ってた。

近くの高校よりは、親元離れて寮生活したかったというのが大きいかもしれない。

 

入学してから

寮生活が割と楽しかった。寮は騒がしいし、門限とかいろいろ制限があったりするけど、食堂とか浴場とかでも、なんだかんだ話は尽きず楽しい。あの先生はアホだとか、あの先輩は怖いとか、そういうくだらない話ばっかりしていた。

寮内はテレビゲーム持ち込み禁止だった。暇だったので、よく友達4,5人とカードゲーム(M:tG)をやっていた。これがなかなかにおもしろくて、決められた勉強時間や運動会もサボってずっとカードゲームをやっていたし、授業中にもガラケーでカードのことをよく調べていた。バイトしてカードにつぎ込んだりもした。

親元みたいに監視する人もおらず、高専の先生も一部を除いて生活指導にはあまり興味がない感じなので、学年が上がるほどに決まりを守らない奴になった。一年生の時には皆勤賞レベルの学生だったのに、最後の年はお昼から学校に行ったりしてた。

中学では割りと成績は上のほうだったけれど、高専ではだいたい下から1/4くらいだった。

 

就活が始まった

就活する学年になって、就活で周りがざわざわしてきた。俺はこの会社に行きたいんだ、とか、大企業がやっぱりいいよね〜的な話が飛び交っていた。

普通の大学生のそれと違って(?)、高専では基本的に学校からの推薦で一社一名ずつ就職していく。成績上位の人から、希望の企業のインターンシップとか面接を勝ち取れるシステムだ。建築学科だった僕が選べたのは、施工管理、設備屋、電力・ガス会社、設計事務所の弟子とか大学編入とかそんな感じ。

僕はやっと進級できるような成績だったので、大手の名のしれた企業は選べず、適当な地方の工務店にインターンシップに行ったり、何社かの採用担当の人の話を聞いたりした。

それでもあんまり心が盛り上がってこないので、就職したくないけれど、そういうわけにも行かなそうで困った。できるだけサボれる、面倒くさくないところ(できれば寝坊OK)に就職したいと思っていた。

担当の先生との就活相談で、職種はなんでもいいので、楽なとこがいいです。とか言ったら、長いこと叱られたのを覚えている。

 

一旦逃げた

できるだけ就職を先に引き延ばしたかったので、4年生が終わったタイミングで休学することにした。1年だけといったら、親もOKといった。

休学中はレストランと、バーと、居酒屋で働いた。たまに犬の世話をした。クラブ(踊る方)に良く行った。

爆音の中でお酒を飲んで朝まで首をふるのは、めちゃめちゃ楽しかったので、DJをはじめた。

復学間際にごろにカフェで働き始めた。

 

復学してから

あんまり気はすすまなかったけど、親との約束だったので1年経って復学した。

同じ学年の人は卒業したので、ひとつ下の後輩たちと一緒の教室になった。同年代の留年組4人くらいとも一緒になった。

休学中に始めたカフェのバイトが割りと難しくて、面白かった。クラブに行ったりするためにお金が欲しかったのもあって、バイトばかりしていた。

就活は、先生に勧められた電力会社と、地元の設備会社の面接を適当に受けたけど、2つとも落ちてしまった。就職はせずに、カフェのバイトをフルタイムで続けることにした。

 

卒業してから

カフェのバイトを4年位続けた。カフェは落ち着くし好きだし、ミルクのスチーミングとか、超面白かったけれど、毎日やってると飽きた。またエスプレッソマシン触りたいなあ。

それからコールセンターとかで働いた。地元は落ち着いて、そこそこ楽しいんだけど、あんまり代わり映えしない生活がだんだん退屈になってきて、東京に行きたくなったので、いま東京に住んでいる。

数ヶ月東京で貧乏ニートしながら、面白いことを探してたら、周りに楽しげなプログラマがたくさんいて、実際プログラミングも楽しそうだったので、プログラマになった。 <- 今ここ

 

おわりに

なんか高専にはいろうか迷ってる学生とか、高専から大学に編入しようか迷ってる学生がいたら、声をかけてみてください。

 

明後日は tmd45 さんです。